伊能忠敬e史料館
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伊能忠敬測量隊の足跡をたどる

 伊能忠敬の全測量日程一覧表は、2001年に富岡八幡宮に建てられた伊能忠敬銅像建立報告書のなかで、故佐久間達夫(執筆)、坂本巍(編集)両氏により発表され、銅像建設資金拠出者全員に配布されたものを初めとします。
 その後、訂正すべき事項が色々発見され、また町村合併もさらに進んでおります。
 そこでこのたび、研究会員(九州支部)の井上辰男氏が、以上のような修正に加え、測量日記のなかから、日々の特記事項を簡潔に抽出追加し、また関連する伊能大図番号も掲載する大改訂を行いつつあります。完成部分から逐次掲載し発表することにしました。御愛用をお願いします。
 題名を改め、渡辺一郎監修、井上辰男編「伊能忠敬測量隊の足跡をたどる」とします。

第一次測量

蝦夷地

寛政12年閏4月19日〜寛政12年10月21日
 
 
  第二次測量

本州東海岸

享和元年4月2日〜享和元年12月7日
 
 
  第三次測量

奥州街道−三厩−日本海沿岸(今津)−北国街道−中山道
 
 
  第四次測量

東海道−北陸海岸−佐渡−三國街道

享和3年 (1803) 2月25日〜10月7日
 
 
  第五次測量

紀伊半島・中国沿岸・岡山城下
文化2年2月25日(1805) 至 文化2年12月29日

中国沿岸・岡山城下〜赤間関〜山陰海岸
文化3年(1806)1月1日 至 文化3年11月15日
 
 
第六次測量(その2) 四国沿岸---帰路の大阪まで 自 文化5年1月25日 至 文化5年11月30日
 
 

文化6年 (1809) 8月27日に江戸出発。王子から岩槻までの御成街道の測量から開始する。熊谷、高崎、松井田、諏訪、木曽福島を経て10月17日に岐阜の加納に至る。近江・小篠原で第五次の測量杭と繋いだ。 武佐より東海道と中山道を結ぶ御代参街道を土山まで測り、その後は測量を行わずに11月5日に淀に到着。淀より山崎街道を西進、西宮から山陽道に入り、豊前・小倉で越年。
 
 
第七次測量(その2)

小倉に14日滞在したのち九州測量開始。中津、杵築、大分、臼杵、鳩浦 (津久見市) と進むが、海岸線が複雑で日向の延岡に着いたのは文化7年 (1809) 4月6目だった。

佐土原、日商、都城、都井岬、内之浦から、大隅半島を鹿屋経由で横断し、西岸に出る。南下し、半島を一周して6月23日、鹿児島に着く。薩摩半島を南下、山川湊から屋久島、種子島に渡る予定だったが、風が悪いので枕崎方面に向かう。

薩摩半島を測量ののち串木野で手分けし、海岸線と街道筋を測って肥後に入る。ここで屋久島、種子島測量を断念し、天草を測ったのち大分に12月28日に到着、越年。翌1月4日大分発、中国、近畿、中部地方の主要街道を手分けして測量し文化8年 (1810) 5月9日、江戸帰着。
 
 

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