伊能忠敬e史料館
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佐世保市中心部 3
文化十年(1813年)
 
    左上:松浦史料館蔵:伊能大図1/36000                                       右上:アメリカ議会図書館蔵 伊能大図1/36000
  左下:伊能忠敬『測量日記』                                                        右下:国土地理院発行地形図1/25000


文化九年
十二月二十九日(1月31日)
 
 曇天。同所で越年する。平戸侯
(三十五代松浦 煕)より餅(米偏に并)を一重。肴を一折宛。一統へ贈られる。
文化十癸酉年
一月朔日
(1日。西暦1813年2月1日)
 
 朝は晴天、午後は曇り。松浦郡相神浦村の内、賤津浦
(佐世保市相浦町)で春を迎える。此の夜は測る。(この日忠敬は、当時の心情を和歌に詠んでいる。「七十に間もなき春に相の浦 九十九島はいきの松原」「古来にも稀なる春を松浦潟 八十島かけて九州を経ん」 右癸酉の歳旦 伊能忠敬 試毫。ただし大谷亮吉書の『伊能忠敬』では「七十に近き春にぞあひの浦九十九をいきの松原」「古来にも稀なる春に値賀の浦八十島かけて壱岐の松原」と詠まれたとなっている。)
一月二日(2月2日)
 
 晴天。こ
の日江戸への書状を平戸へ出す。この夜は測る。


一月三日(2月3日)
 
 晴天。この夜は曇りで少し測る。
一月四日(2月4日)
 
 晴天。賤津浦に逗留して測量を初める。

 手分けして永井・尾形・箱田・佐助は七ッ半頃(午前6時頃)に乗船した。四里程(約16q)で彼杵郡佐世保白方浦と松浦郡相神浦賤津浦の界。字甲崎(佐世保市俵ヶ浦町兜崎)。旧臘(昨年の十二月のこと)二十五日に残した印より初める。沿海を順に測る。字国崎。字白浜に印を残す。一十三町三十五間一尺(1,482.12m)。裏海へ横切り字白馬へ出て、印を残す。横切り一町二十五間(154.55m)
 
  又、字白浜の印より初める。字七郎山崎(七郎鼻)。小さい入江の片打ち三十六間(65.45m)。字ダンジギヶ浦、黒小島への渡り口に印を残す。十七町三十四間(1,916.36m)。舟中で小休止。字モツタヶ浦。字樫木谷の鼻で沿海を打ち止めて印を残す。一十一町五十四間(1,298.15m)。沿海の合計一里七町三間一尺(4,697.12m)又、ダンジキヶ浦の印より初める。九十九島の内、黒小島に至る。瀬戸の巾一町四十七間四尺(195.76m)。地小島は一周六町二十間(690.91m)。中小島は一周四町四十八間三尺八寸(524.79m)。沖小島は一周四町八間五寸(451.06m)。三島を合わせて惣名を黒小島という。満汐には三島になる。干汐には瀬続きの一島になる。九十九島の内、マグラ島(枕島)は一周五町三十九間(616.36m)。島並びに横物の合計二十四町三十四間二尺三寸(2,680.7m)。惣測一里三十一町三十七間三尺三寸(7,377.36m)。外にマテガタ島の周囲二町(218.18m)ばかり。斧落島は周囲十間(18.18m)ばかり。鞍掛島は周囲一町半(163.64m)ばかり
。右の三島は遠測する。それより乗船して六っ後(午後5時過ぎ)に宿へ帰る。
 
 後手は坂部・今泉・門谷・保木・甚七。賤津浦に旧冬二十八日に打ち留めた印より初める。逆に測る。牛ヶ浦鼻
(埋め立てられて今は無い)印迄、一十四町一十五間(1,554.55m)。これより恵比須島(蛭島。埋め立てられて今は無い)へ渡る。瀬戸巾は三十六間(65.45m)。恵比須島は一周五町二十九間四尺(599.39m)。恵比須小社がある。印より初める。浄土崎(埋め立てられて今は無い)印迄、六町四十八間三尺(742.73m)裏海へ横切り印を残す。五十二間四尺五寸(95.91m)より初め印迄、四町二十四間(480m)無名の瀬へ渡る。周囲十間(18.18m)ばかり。瀬戸の巾三十間(54.55m)。無名の瀬よりベベカ島(赤島?)へ渡り、瀬戸の巾三十六間(65.45m)。ベベカ島を片測■■(ムシクイ)。一周二町(218.18m)ばかり。地方の印より初める。シダ(志田)ノ浦鼻を回る。先の横切り甲の印に繋げる。五町五十一間(638.18m)。シダノ浦の入江エダテ浦(江楯浦)印を残して打ち止める。二十四町五十七間(2,724.82m)。沿海の合計一里二十町十五間三尺(6,137.27m)。外に、横の瀬戸の合計八町四十九間二尺五寸(962.58m)。惣測一里二十九町四間五尺五寸(7,099.85m)

 六ッ頃(午後5時頃)に宿へ帰る。
一月五日(2月5日)
 
 白雲。手分けして永井・門谷・尾形・佐助は松浦郡相神浦村の島々を測る。同村の内、舟越
(船越町)に逗留して測る。
 長波石島(長南風島)は一周三町四十七間(412.73m)。鵜ノ糞の岸より初める。横に三十六間(65.45m)。同島は満切りで一周三町三十二間二尺(386.06m)
 
 又、ウケ島(丈ヶ島)の内、大斧落島は一周四町一十二間(458.18m)。瀬戸の巾六十間(109.09m)。小斧落島の大岩は一周十間(18.18m)ばかり。瀬戸の巾三十六間(65.45m)。大岩瀬は周囲二十間(36.36m)ばかり。瀬戸の巾三十間(54.55m)。高岩島(諸島)一周五町二十九間三尺(599.09m)。瀬戸の巾三十九間(65.45m)。同島の小は一周二町二十五間四尺(264.85m)。又、子タキ島(ネタギ島)は一周五町四十七間(630.91m)。但し大斧落島、高岩島、小斧落島、子タキ島を合わせた四島をウケ島(丈ヶ島)という。瀬戸の巾四十二間(76.36m)。無名の平瀬は長さ一町(109.09m)ばかり横は十二間(21.82m)ばかり。瀬戸の巾八十四間(152.73m)。苞島は一周二町一間一尺五寸(220.45m)。島々の周囲合計二十七町十四間四尺五寸(2,972.27m)。瀬戸や其の外の合計五町二十七間(594.55m)

 又、相神浦村の内、字樫ノ木谷鼻の印より初める。モツタケ浦に印を残す迄、三町五十一間(420m)。裏海へ横切りの印を残す。横切り五十七間五寸(103.79m)

 又、の印より初める。白馬鼻を回る。白馬ヶ浦のの印に繋げる。七町五十七間(867.27m)。それより同浦の奥に昨四日横切って残した印に繋げて終る。三十五間四尺五寸(65m)。沿海一十二町二十三間四尺五寸(1,352.27m)。惣測一里一十町二間三尺五寸(5,022.88m)

 七ッ半頃(午後4時頃)に相神浦村枝舟越浦(佐世保市船越町)へ着く。止宿は八郎右衝門宅。
一月六日(2月6日)
 
 朝は小雪。それより晴れ曇りで風。舟越
(船越町)に逗留して測る。

 相神浦村字白馬ヶ浦の印より初める。安塔寺浦の入江の奥。旧臘(昨年12月のこと)二十五日に佐世保浦の測りに田原浦(俵ヶ浦)より横切って残囲した印に繋げる。九町五十五間五尺(1,083.33m)。土井鼻へ打ち出して三十間(54.55m)。瀬戸の口の印より一十六町四十八間(1,832.73m)。瀬戸の巾二十一間(38.18m)。土井浦の小島は一周二町三十三間四尺(279.39m)印より初め、印迄四町四十五間(518.18m)。瀬戸の巾一町三十九間(180m)。宮ノ小島は一周二町三間一尺(223.94m)印より初め大浦内にの印を残して沿海を終る。三町五十一間(420m)。沿海は三十二町一十九間五尺(3,526.97m)。惣測一里六町二十六間四尺(4,630.3m)

 七ッ頃(午後3時頃)に乗船して止宿へ引き取る。
一月七日(2月7日)
 
 朝は曇り晴れで風。五っ後
(午前9時過ぎ)に微雪。夜は曇りで深夜に雪。舟越に逗留して測る。

 相神浦村字大浦の印より初める。小松島に至り一十二町三十間(1,363.64m)。瀬戸の巾二十四間(43.64m)。トシヤク島は周囲二十間(36.36m)ばかり。それより印を残す迄、一町六間(120m)。マノカ島に渡る。瀬戸の巾四十二間(76.36m)。マノカ島は一周一町四十四間(189.09m)。右の島よりシヤウノ島(松浦島)に繋げる。瀬戸の巾二十八間五尺(52.42m)。同島より瀬戸の巾四十八間(87.27m)。小マノカ島へ渡り一周は四十間(72.73m)ばかり。
 
 印より初める。字菜切(名切)浦に印を残す。七町五間(772.73m)。これより裏海へ横切り印を残す。横に二町二十七間(267.27m)
 
 印より初める。長田浦。佐次ヶ浦。ヲシキ鼻の印迄、一十六町二十五間(1,790.91m)。これよりヲシキ島の小へ渡る。瀬戸の巾二十四間(43.64m)。ヲシキ島の小の周囲十間(18.18m)ばかり。瀬戸の巾三十間(54.55m)。ヲシキ島の大は片測■■(ムシクイ)(91.73m)。周囲二町(218.18m)ばかり。
 
 印より初める。蛤ノ浦。又、日菜切ノ浦。横切って残した印に繋げる。一十七町二十間(1,890.91m)。ソベ石鼻のの印を残す。十二町四十一間(1,383.64m)。これより小島へ渡る。瀬戸の巾一十八間(32.73m)。小島。片測は四十二間(76.36m)。周囲二町(218.18m)ばかり。

 の印より初める。字小島浦。堀切浦の入江の奥に、旧冬二十六日佐世保浦の内、字川ノ谷(川谷)より横切って残した印に繋げる。八町七間五尺六寸(887.15m)。堀切浦の内、ウヅノ浦。相神浦村枝船越浦の止宿前で沿海を打ち止めて印を残す。十七町十二間三尺(1,877.27m)。山越えして裏海へ横切り一町三十間(163.64m)。裏海の字鍋ノ裏に印を残して終わる。沿海二里二十町二十七間二尺二寸(10,086.12m)。島と横の合計が一十町四十八間五尺(1,179.7m)。惣測二里三十一町一十六間一尺六寸(11,265.93m)
 
 暮れに宿へ帰る。

一月八日(2月8日)
 
 朝は曇り。昼は曇り晴れで微雪。同所に逗留して測る。

 
 シヤウノ島(松浦島)を測る。島ノ浦鼻の幟の印より初める。右山に測る。満切りの島は一周二町一
十一間一尺(238.48m)。瀬戸の巾二十五間(45.45m)。字越路浦(コヘチのルビあり)の印迄、一十八町三十五間一尺(2,027.58m)。これより山越えして横切り、裏海へ出て、印を残す。横切りが一十二間(45.45m)
 
 印より初める。岬を回り印に繋げる。一十五町五十八間(1,741.82m)。それより印迄、一十三町六間(1,429.19m)。裏海へ横切り印を残す。横切りが四十二間(76.36m)
 
 印より初め印迄、一町四十二間(185.45m)。又、横切って印を残す。横切り三十間五尺五寸(56.21m)
 
 の印より初め岬々を回り印に繋げる。四町四十一間三尺(511.82m)印迄、一町三十三間(169.09m)。竹崎鼻を片測して一町二十七間(158.18m)。幟に繋げる。印より初め印を残す。三町六間(338.18m)。ニイドケ浦鼻。片測五十七間(103.64m)。この所に打ち止める。シヤウノ島の一周の内、一里一十七町四十一間四尺(5,857.57m)。外に満切りの島を渡り、共に二町二十六間二尺(266.06m)。横に三町四十八間五尺五寸(416.21m)。外にヤスカ島は一周三町五十一間三尺(420.91m)。大フカ島は一周二町五十九間一尺八寸(326m)。遠測して、ツイテ島の周囲二町(218.18m)ばかり。小島の周囲三十間(54.55m)ばかり。惣測一里三十町四十七間三尺三寸(7,286.45m)
 
 暮れに宿へ帰る。

一月九日(2月9日)
 
 朝は雪。五ッ半頃(午前10時頃)より次第に晴れる。風。船越浦を出立した。
 
 昨日測り留めた印より始める。ニイドケ浦に昨日残した印に繋げる。五町五十一間四尺(639.39m)。又、の印迄二町四十八間(305.45m)。これより裏海へ横切り印を残す。三十間(54.55m)

 印より初め磯守鼻。水鳥浦を横切り印に繋げる。一十町二十六間二尺(1,138.79m)。島ノ浦の昨日の初め印に繋げる。シヤウノ島の一周を終わる。五町五十間三尺六寸(637.45m)印よりシヤウノ島の一周の内、外に横に三十間(54.55m)。両日でシヤウノ島の合計二十四町五十六間三尺六寸(2,721.09m)。シヤウノ島は一周二里六町三十八間一尺六寸(8,578.66m)
 
 それより相神浦村枝船越浦人家下に七日に測り留めた印より初める。宮崎。鯛ノ網代鼻。字鍋ノ浦へ横切った印に繋げる。一十二町四十八間五尺(1,397.88m)印を残す。四町四十二間(76.36m)。興津島一周四町三十五間四尺(501.21m)
 
 印より初め、鯛前鼻は片測四十八間(87.27m)。白馬ヶ浦の印で沿海を打ち止め、六町三十六間(720m)。沿海は二十四町六間五尺(2,630.61m)。島の横の合計五町二十三間四尺(588.48m)。惣測一里一十八町五十七間六寸(5,994.72m)
 
  それより乗船して七ッ半頃(午後4時過ぎ)に賤津浦(佐世保市相浦町)へ着く。
○支隊
一月五日(2月5日)
 
 曇天。手分けして今泉・箱田・保木・甚七は賤津浦に逗留して測る。七ッ半
(午前6時)に乗船して相神浦村字エダテ浦(江楯浦)印を残して初める。…中略…舟中で昼休み。字大崎(大潟町大崎)の幟に繋げる。沿海を打ち止めて終わる。一十四町三十九間四尺(1,599.39m)。沿海二っの合計は一里一十三町三十八間(5,415m)
 
  九十九島の内、カナシゲ島(金重島)は一周一十五町十三間三尺(1,660.91m)。外に満切りの片打ちが三十間(54.55m)。横切り四十五間(81.82m)。元杭島(大図では元栗島)は一周五町三十三間(605.45m)。瀬続きの片打ちの横物が一町(109.09m)。島の横物の合計三十二町三十八間一尺五寸(3,560.45m)。惣測二里一十町一十六間一尺五寸(8,974.99m)
 
  それより乗船して六ッ半(午後6時)に宿へ帰る。
一月六日(2月6日)
 
 曇天で時々雪。又風。同所に逗留して測る。

 
 六ッ頃(午前7時頃)に乗船して、相神浦川の手前に旧冬の二十八日に残した印より初めて海辺へ打ち下る。一十五町九間(1,652.73m)。これより沿海を順に測る。相神浦川尻の巾五十一間(92.73m)。字田ノ崎。字犬ノ鼻の幟に繋げる。六間四尺五寸(12.27m)。字エダテ浦(江楯浦)。字目干波石(メヒシハエ)印を残す。一十八町二十三間三尺(2,006.36m)。満切りで渡り巾二十七間(49.09m)。目干波石の出鼻は一周六町一十四間三尺(680.91m)。九十九島の内、筍島(陸上自衛隊の埠頭の先端部分)は一周二町二十一間(256.36m)
 
 又、地方の印より沿海を初める。字田尻ヶ浦に昨日横切って残した印に繋げる。二町三十六間五尺(285.15m)。満切りの所に印を残す。八町四十八間(960m)。字水ノ浦鼻。字椿越に昨日横切って残した印に繋げる。二町五十五間三尺(319.09m)。横物の印に繋げる。一町二間五寸(112.88m)
 
 又、の印より初める。野陣で昼休み。大崎に昨日打ち止めた幟に繋げて沿海を終る。八町三十一間(929.09m)。沿海の合計一里五町一十四間五尺(4,500.15m)。外に、九十九島の内、蛇島は一周五町二十間四尺(583.03m)。同島の小に渡る。瀬戸巾四十九間(89.09m)。蛇島の小は一周二町(218.18m)ばかり
。幟に繋げる。横物一十二間(21.82m)。島の横物の合計は三十一町四十二間(3,458.18m)。惣測二里五十六間五尺(7,957.87m)
 
 それより乗船して七ッ過ぎ(午後3時過ぎ)に宿へ帰る。

一月七日(2月7日)
 
 曇天。六ッ後
(午前7時過ぎ)に賤津浦を出立した。
 
  相神浦村枝新田(新田町)印より初める。沿海を逆に測り、入江を片打ち一町(109.09m)。厳穴の中に竜神社。字水ノ頭鼻の満切りに印を残す。二十二町二十一間三尺五寸(2,439.24m)。此より検校崎の出鼻の左山に回り印に繋げる迄、九町一十七間一尺五寸(1,013.18m)。即ち検校崎。印より沿海を測る。舟中で小休止。印を残す。三町二十七間(376.36m)。土手山を横切り向かいの海へ出て印を残す。三十九間(70.91m)
 
 又、印より初めて小鼻を回っての印に繋げる。四町二尺(436.97m)。満切りに印を残す。二町五十四間(316.36m)。此より鰯ヶ浦の出鼻の片打ちの横物が一町一十八間(141.82m)
 
 又、印より初めて沿海を測る。又、満切りに印を残す。四町十五間(463.64m)。字アランラ鼻を回り印に繋げる。周囲四町二間(440m)。アランラ鼻より鳥ノ巣島へ渡る。瀬戸巾は三十七間四尺(68.48m)。鳥ノ巣島は一周八町四十八間(960m)。鳥ノ巣島より小島へ渡り瀬戸巾は一十八間(32.73m)。小島の一周は二十間(36.36m)ばかり。瀬続きの片打ちが三十間(54.55m)
 
 又、地方の印より沿海を測る。元ノ島への渡り口に印を残す。四町五十四間(534.55m)。元ノ島(元島)へ渡り印を残す。瀬戸巾は五十一間(92.73m)
 
 又、印より初め字小穴で沿海を打ち止めて、印を残す。三町二十七間(376.36m)。小穴の入江を片打ち一町三十六間(174.55m)。沿海の合計一里九町一十八間五尺五寸(4,943.48m)。島の横物合計二十八町五十六間五尺五寸(3,158.03m)。惣測二里二町一十五間五尺(8,101.51m)
 
 それより相神浦村枝山口、字日野(佐世保市日野町)ヘ七ッ頃(午後3時頃)着く。止宿は徒士組の山口平左衛門宅、同じく吉田平蔵宅。
一月八日(2月8日)
 
 曇天。又、雪と風。日野に逗留して測る。六ッ頃(午前7時頃)に出立した。九十九島の内、元ノ島(元島)印より初め、右山に回る。字船頭崎より遠測する。犬島(大図では犬セ)は周囲二十間(36.36m)ばかり。中瀬は周囲四十間(72.73m)ばかり。神子島は周囲三十間(54.55m)ばかり。印を残す。一十八町五十七間一尺五寸(2,067.73m)。字干切の鼻は片打ち三町一十八間(360m)
 
  又、印より初める。入江の片打ちが四十五間(81.82m)。同じく五十四間(98.18m)印に繋げる。五町四十四間五尺(626.97m)。元島は一周二十四町四十二間五寸(2,694.7m)
 
  又、地方に昨日打ち止めた印より初め、沿海を逆に測る。二っ小島ヘ渡る。大が一周三十間(54.55m)ばかり。瀬戸の巾一十八間(32.73m)。小が一周一十間(18.18m)ばかり。瀬戸の巾九間(16.36m)。舟中で昼休み。入江の片打ちが五十一間(92.73m)。同じく四十五間(81.82m)。同断三十六間(65.45m)。字大栗山岬の沿海で打ち止め、二十一町五十三間四尺(2,388.48m)。島の横物の合計三十二町一十八間五寸(3,523.73m)。惣測一里一十八町一十一間四尺五寸(5,912.27m)
 
 七ッ頃(午後3時頃)に宿へ帰る。
一月九日(2月9日)
 
 曇り雪と風。同所に逗留して測る。六ッ頃
(午前7時頃)に出立した。
 
  字大栗山岬より初めて沿海を逆に測る。入江の片打ちが一町三間(114.55m)。満切りの小島の片打ち一町(109.09m)。入江の片打ち四十八間(87.27m)。舟中で小休止。牧島への渡り口に印を残す。二十町四十八間(2,269.09m)。字石岳(船越町石岳)。小島への渡り口に印を残す。六町一十八間(687.27m)。瀬戸の巾十五間(27.27m)。小島は一周五町三十九間(616.36m)
 
 又、印より初め枝舟越浦の内、字白馬鼻に別手が残した印に繋げる。九町四十五間四尺(1,064.85m)。沿海を逆に測り合計一里五十一間四尺(4,021.21m)
 
 地方(じかた)より小島へ渡る。瀬戸の巾二十七間(49.09m)。小島の片打ち三十八間(69.09m)。小島より兎島へ渡る。瀬戸の巾三十三間(60m)。兎島は一周一町四十間四尺(183.03m)。島と横物の合計一十二町三間四尺(1,315.76m)。惣測一里一十二町五十五間二尺(5,336.97m)
 
 それより乗船して七ッ頃(午後3時頃)に宿へ帰る。
一月十日(2月10日)
 
 晴れ曇り。六ッ頃
(午前7時頃)に山口字日野を出立した。昨日地方に残した印より初める。牧島へ渡る。瀬戸の巾五十四間(98.18m)印を残し右山に回る。又、神子島へ渡る。瀬戸の巾三十二間(58.18m)。神子島は一周一町(109.09m)ばかり
。牧島の中央を横切り一十八間(32.73m)。即ち牧島の印迄、一十八町三十八間四尺(2,033.94m)印よりカツラ島(桂島。この後には葛島と書いている)へ渡る。瀬戸の巾一町一十一間(129.09m)
 
  葛島(桂島)印より右山に回る。中央を横切り九間(16.36m)。幟に繋げて四間三尺(8.18m)。出張瀬を片測一町一十五間(136.36m)。初めのに繋げる。葛島は一周一十五町八間四尺(1,652.12m)
 
  又、牧島の印より初める。舟中で昼休み。字五才鼻より初め印に繋げる。二十一町四十二間三尺九寸(2,368.33m)。牧島は一周一里四町二十一間一尺九寸(4,402.39m)。アトウゲ島は一周三町二間二尺(331.52m)。三島の合計一里二十二町三十二間一尺九寸(6,386.03m)。横物の合計四町二十三間三尺(479.09m)。惣測一里二十六町五十五間四尺九寸(6,865.12m)
 
 それより賤津浦(佐世保市相浦町)へ七ッ後(午後3時過ぎ)に宿へ帰る。


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