伊能忠敬e史料館
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入江専門研究室b
伊能忠敬:長崎県測量の軌跡

         長崎県内の主な市街地について、伊能図と現在の地形図を比較しながら、測量日記で測量の過程を紹介します。

         【注】『測量日記』について
              原文中の地名や人物名などの固有名詞はそのままに、古文書特有の文章を読みやすく書きなおしたものです。
        
    左の列のサムネイル画像か小タイトルのリンクから御覧いただけます。

        右:伊能大図1/36000 長崎部分 松浦史料博物館蔵

          InoPediaをつくる会 会員 入江 正利

 伊能下図と伊能図を比較すると、そのデータ量に違いがあります。
 諫早は鍋島藩の領地ですが、伊能測量後の幕末に非常に詳細な古地図を作成しており、町の様子や小路までが描かれています。
 こちらも伊能下図との比較です。
  下図が文字データは豊富なのですが、アメリカ議会図書館蔵の伊能大図には城が描かれています。
 寛政四年(1792年)の大噴火により出現した島々を測量しています。
 現在では、西海九十九島(くじゅうくしま)と区別するために九十九島(つくもじま)と呼ばれています。

 松浦史料博物館蔵の伊能大図とアメリカ議会図書館蔵の伊能大図との違いを御覧下さい。
 佐世保市早岐を中心とした伊能図と現在の地形図の比較です。
 江戸時代の佐世保は現在のように人口密度は高く無く、寒村でした。
  明治に入ってから飛躍的に大きな街へと変わります。
   西海国立公園九十九島の部分です。松浦史料博物館の伊能大図は彩色されていて、とても美しく描かれています。
 しかし、現在の地形図と比較すると、位置のズレや島名の違いがあります。それは道線法による島々の測量が困難を極めた為と思われます。
 平戸松浦藩の藩主が測量の様子を御覧になったことが知られています。
 忠敬の死後、弟子達によって作成された伊能図は、現存する伊能図の中でも非常に美しいものです。
 坂部隊が測量を行った地域です。
 田平から御厨・今福を経て、伊万里へと続く街道も測量されています。
 壱岐市郷ノ浦は武生水村が中心に描かれえています。
 勝本への街道を中心に多くの道が測量されています。
 神社が多いのも特徴です。
 対馬藩郡奉行佐役中村郷左衛門を中心に、伊能測量に対する藩の補佐はすばらしく、予定より短期間で終了します。
 府中(厳原)での測量を追います。
 副隊長格の坂部の病死という痛ましい出来事を乗り越えて、五島列島福江島の測量は終わります。
 福江中心部の測量を追います。
  長崎市については、『伊能忠敬の長崎市測量』として他のサーバーにあります。

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